性フェロモンに関する発表の要旨に、ファーブル昆虫記にある“オオクジャクヤママユの夜”を引き合いに出したいと思い、久しぶりに読み直した。
確かファーブルは嗅覚を使ってオオクジャクヤママユのオスがメスに誘われていると結論づけていたと思ったのだけど、一方で、空気中を満たすエーテルを媒介して誘われていると結論づけていたような気もしたからである。曖昧な記憶をハッキリさせたかった。結果からいうと、その両方だった。しかも、オオクジャクヤママユの実験だけでそれを結論づけたのではなくて、その後に行った昼行性のカレハガの観察、ムネアカセンチコガネの観察を通して、ある結論にたどり着いたのだった。備忘録のために、その結論を要約すると、匂いには2種類の性質があり、一つは匂いの分子の性質、もう一つはエーテルを介して伝わる波動の性質があるというものであった。ラベンダーやナフタレンの中にあっても紛れず、また遠く離れた距離であってもオスに届くのは、この波動としての性質であると結論づけてる。
他の匂いでマスキングされず、また遠くであってもオスが匂い源であるメスに到達できるのは、今日では触角での高感度な分子受容や専用の神経回路での処理、視運動反応などの一連の定位行動によって説明されていて、嗅覚受容における波動の性質というのは、あまり主要な理論ではなくなったと思う。ファーブルというのは、傑出した虫に対する観察眼と、情緒豊かな筆致が評価されているけれど、それに加えて、彼は当時、最先端の知見をもって考察を加えているというのが今回読んで分かった。 私が読んだのは奥本大三郎さんの訳本なので、原著の言葉遣いというのが具にはわからないのだけど、訳本の文章は非常に素晴らしいものだった。子供の頃よりも、今読んだほうがはるかに面白く読める。